範 麗娟

社会学研究科 博士課程後期課程

なぜ関西学院大学 社会学研究科に進学されましたか?

私は中国の大学院の博士前期課程を修了した後、中国で日本語教師として働いていました。それと並行し、中国の国家資格である観光通訳案内士の資格を取得しました。観光通訳の仕事を経験する中で、観光の魅力や観光に携わる地域住民、地域環境について深く掘り下げることに興味を持ち始め、これらについて研究することが出来ればきっと面白いだろうと考え、大学院の博士後期課程への進学を決めました。

また、大学と大学院博士前期課程では、日本語学科に在籍していましたが、日本で生活していたわけではないので、日本文化への理解が十分ではないと感じました。そのため、博士後期課程は日本の大学院に進学することを決めました。そして、運良く日本政府の国費留学生の資格を得ることが出来ました。 現在の指導教員の倉島哲教授とは、私が中国で日本語を勉強していた頃に出会いました。倉島先生の中国での現地調査で通訳を担当し、それを通して社会学の現地調査の魅力や、社会現象の裏側を探求することの面白さを感じました。この体験から、倉島先生の指導を受けるために、関西学院大学の社会学研究科への進学を決めました。

どういった研究に取り組まれているか教えてください。

「村落アイデンティティの構築-陳氏太極拳の発祥地の陳家溝を対象として-」というテーマで研究に取り組んでいます。陳家溝は河南省にある村落で、以前は貧しい小村でしたが、現在は太極拳発祥地として聖地化・観光地化され、地元政府の貴重な観光資源として利用されています。最初は、中国の改革開放以降の観光政策という観点から陳家溝について研究するつもりでした。農村の観光化の成功例として、他の農村の参考になるような研究がしたかったのです。

しかし、指導教員の倉島先生のゼミに参加するなかで、この考えは少しずつ変わってきました。先生は、「社会学の論文として価値のあるものを書くためには、観光政策に焦点を当ててその成否を論ずるという視点ではなく、農村に住む多様な人々が、それぞれの立場から社会的現実を生み出してゆく過程を描き出すという視点が必要です」とアドバイスしてくださいました。

陳家溝の住民の80%は同じ先祖を持つ陳氏宗族であり、太極拳は360年前に創出されて以降、ほぼ陳氏宗族の中で伝承されています。研究に深く取り組んでいくと、近代中国の武術界が大きく変化したとき、陳家溝や陳氏宗族にもこれを反映した変化が起こっていることがわかりました。たとえば、19世紀末から20世紀初にかけて、近代国民国家の政治的要請に応じて、太極拳を含む武術は国民保健と国体強化のための「国術」として位置づけられました。このとき、陳家溝を含む各地の農村部出身の武術家は都市部へ招聘され、技法の教授や研究、出版活動などを行ったのです。また、家父長制のもと長らく抑圧されていた女性も纏足を解かれ、従来は男性に占められていた武術界に進出した点でも、陳家溝における変化は、中国武術界における全体的な変化に呼応しています。このように、研究を進める中で新しい気付きを得られた時に、研究の面白さを感じます。

大学院生の生活がどのようなものか教えてください。 

指導教員のゼミを含め、週に5時限ほどの授業を受けています。授業以外の時間は、大学院1号館にある共同研究室で研究に取り組んでいます。私は学生の身分であると同時に、二人の子供を持つ母親でもあるため、毎日、日中は研究や勉強に取り組み、夜は子供の世話をしています。限られた時間を大切にし、できる限り勉強と課程を両立する日々を送っています。

入学したての頃は、社会学の知識や論理的な思考力が足りないこともあり、日本で研究生活を送るのは、とても難しいことのように思えましたが、周りの方々に助けていただきました。最初の頃、私は事実を羅列した文章を書くことが多くありました。そんな時、倉島先生は「範さん、社会学の研究では、歴史的な部分を研究背景の一部として利用することもできますが、事実をただ羅列するのではなく、自分なりの問題意識から組み立てた論述のなかに事実を位置づけることが重要なのです。」というアドバイスをくださいました。このように、倉島先生はいつも優しく指導してくださいます。

また、周りの大学院生に助けられることもあります。印象に残っているのは、D1の春学期に、リサーチコンペの申請に向けて頭を悩ませていた時の経験です。悩んでいる私に、ある日本人の大学院生が声をかけ、相談に乗ってくれました。それ以降、彼女は週当たり3~4時間の時間を割いて、共同研究室のホワイトボードを使って私の研究内容を図にして分析してくれました。これにより研究が大きく進んだため、とても感謝しています。

また、私以外の留学生も多く在籍しており、共通の言葉で討論したり、お互いに励ましあったりするなど、ストレスを感じることもある研究生活の中で、良い刺激になっています。

修了後の進路について、現在の希望を教えてください。

大学院修了後は中国に戻り、大学で教員として勤めたいと思っています。現在の学びを将来どのように活かせるのかはまだ想像できていませんが、私の研究はスポーツにも観光にも関わっており、活用できる機会は多くあると思います。また、調査を通して、1980年代に伝えられて以降、日本にも多くの陳氏太極拳のファンがいて、道場もたくさんできていることがわかりました。将来、自分の知識を生かして、中日両国の武術に貢献することも一つの夢です。

【研究実績】

学会発表

  1. 2021「村落アイデンティティの構築―陳氏太極拳発 祥地の陳家溝を対象として―」2021年度日本スポーツ社会学会第1回学生フォーラム (2021.7.17)
  2. 2021「伝統を創造することによる村落運営—太極拳発祥地の陳家溝を対象として—」2021年度日本スポーツ社会学会第2回学生フォーラム (2021.12.5)

  3. 2022「地元住民が伝統を再創造することによる村落運営―太極拳発祥地の陳家溝を対象として―」2022年度日本スポーツ社会学会第31回大会 (2022.3.19~20)
  4. 2022「陳氏太極拳における女性練習者の地位―歴史的変遷に着目して―」日本スポーツとジェンダー学会第21回記念大会(2022.7.2)
  5. 2022「民国期の「国術運動」における民間武術練習者から政府武術教員への身分転換―陳氏太極拳を事例にして―」日本スポーツ社会学会2022 年度第1回学生フォーラム(2022.7.16)

論文投稿

  1. 2022.「聖地化と観光化された陳家溝における伝統の再創造─陳氏太極拳の伝承系譜の作成と弟子入り活動の正式化を例として─」pp.19―29 関西学院大学KG社会学批評 第11号(2022.3)研究コラム 査読無し
  2. 2022.「村落アイデンティティの構築―陳氏太極拳発祥地の陳家溝を対象として―」pp.101-107 関西学院大学先端社会研究所紀要 第19号(2022.3)中間報告 査読無し

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