社会心理学

社会心理学専攻分野

清水裕士ゼミ

科学的に数値データを使って分析するのが
社会心理学のアイデンティティ

環境が変化する時に人間関係に不安を抱いたことはありませんか。中学校から高校へ、高校から将来の大学へとライフステージが変化する時、「人間関係」に不安を抱いたことはありませんか?私たちは大学生活を通じて、身近な「人間関係」に関心を抱き、その中でも「高校生の部活と大学生のサークルでの人間関係の違い」に着目しました。そこで今回は、社会心理学専攻の分野にゼミを開講し、親密な対人関係(親密な対人関係ではなぜ利他行動が行われているのかなど)について研究している清水裕士教授に「高校生と大学生の関係性の違い」を糸口に、人間の関係性についてインタビューを行いました。また関西学院大学社会学部出身でもある清水教授に、関学社会学部での学びや特徴についてもお話を伺いました。
記事作成:髙井、棚多、吉田、片山

「薄いというより自由」

――高校生と大学生では、大学生の方が、人間関係が「薄い」という実感があるのですが、関係性に「薄い・濃い」はあるのでしょうか?

大学生は友達を自由に選ぶことができるので、関係性が「薄い」というより、「自由」ですね。大学生の、例えば、社会学部でいうと、1学年650人で特に学生数が多くて、「自分の居場所」って思うには人数が多すぎますよね。高校は多くて1クラス50人くらいで、しかも、1年間絶対同じメンバーで担任の先生も同じ。そういう意味では大学の方が友達を自由に選べるわけなんです。けれども、これはいいように見えて友達ができるかどうかの不安もあったりして。逆にひとりでご飯食べていても、誰にも何も言われないから気楽だと思う人もいて。その辺は個人の所属意識の持ち方の違いが大きいのかもしれませんね。

「所属意識が愛着を生む」

――高校生と大学生の関係性の濃度を決める要因としては、その所属意識が関係しているのでしょうか?

関係性の濃度としては、少ない人数でどれだけ時間を共有しているか、というのが影響していると思います。例えば、高校生はクラスがあって、「同じクラスの子」は、それだけで他のクラスの子よりも親近感を覚えます。もちろん、自分たち「関学生」っていう大きい集団にも(所属意識を)持てるけど、クラスっていう※1社会的アイデンティティを持っていると、その中のメンバーに対して愛着を覚えますよね。所属する規模が小さければ、規模が大きいところと比べて、比較的人に対しての愛着は大きくなりますね。(愛着でいうと)時間もそうで、高校はずっと教室で一緒だけど、大学での※2基礎演習は、結局は授業時間の毎週100分だけです。高校のクラスと比べて基礎演習には、所属意識をあまり持たないですよね。今だけの関係性っていう感じが強くて。そういう同じメンバーとどれだけ一緒にいるのかが(関係性について感じる濃度の違いとして)大きいかなと思います。テーマは部活とサークルだったと思いますけども、そういう同じメンバーでどれだけ一緒にいるかが大きいかなと思いますけど。

※1 多くの人は一生のうちで何度か、「自分は何ものであるのか」という疑問に突きあたる。こうした問いに対して「自分はこれこれのものである」と答えることができたときの、その中身がその人のアイデンティティであるといっていい。このアイデンティティのうち、自分の属する集団や社会的カテゴリーの成員性に基づく部分は社会的アイデンティティとよばれる。(社会心理学事典)
※2 社会学部1年生の必修科目。20名程度の少人数クラスで大学での学びに必要なアカデミック・スキルを学ぶ授業

「規模が愛着に関係?」

――愛着に人数という規模(や時間)が関係しているのならば、グループを維持するのに最適な人数などあるのでしょうか?

そういうのはあまりないですね。密になりすぎると派閥がわかれてしまったりするじゃないですか。仲いい子同士が集まったりしているのがそれはそれで、グループを維持しているのかよく分からないといいますか、維持しやすいとかは難しいところがありますね。大きなグループでも、その中でサブグループができますし、人数が多いとその集団全体に対しての個人が感じるところにはあまり違いが大きくないと思います。人数が多いとその分自由にはなるけど、がっと押し込められたところのほうが密な関係は作りやすいよね。でも、いじめは当然、密な関係の方が起こりやすいですよね。そういうことがあまりないというのは、大学には、逆に安心感がありますよね

――高校時代の部活は結束の強さに心地よさを感じる反面、『絶対にここから抜け出せないし、抜けたら生きていけない』という窮屈さを感じることもあります。一方で大学のサークルにはそのような締め付けはまったく感じられません。関係性が密になりやすい高校生の部活と自由な大学生のサークルでは、どのような点に関係性の違いが生じるのでしょう?

部活は、クラスをまたがるとはいえ、この狭い人間関係の中で、基本的にずっと時間を共有しているわけじゃないですか。だから、部活の中でも同じクラスの人が絶対に数人はいる、そこでいざこざがあったら、クラスに情報が流れたりするし、どこに行ってもこの狭い環境から逃げられないわけじゃないですか。だから部活自体を抜けよう、次に新しい部活へ行こうってなっても、もうすでに他の部活の子たちは、そういう共有された人間関係の中でも、それぞれの人間関係を形成している。でも、大学の場合、サークルの友達ってサークルでしか会わないですよね?まったく相互作用することなく、サークルを辞めたら会うことがないですよね。学年も違ったりするしね。だから部活かサークルかというよりは、少ない人数でどれだけ時間を共有しているか、っていうのが影響しそうな気がしますよね。

「信頼の理論」

――共有事項によって、人間関係が変わってくる、面白いです。

社会心理学とか社会学の観点からいうと、山岸俊男の「信頼」の理論によると、日本的なムラ社会は閉じた関係で、いわゆる「社会関係の流動性が低い」関係といったりします。

――流動性とはなんですか?

流動性は人の移り変わりの激しさのことです。日本のムラ社会では人の移り変わりがあまりない「閉鎖的な」環境といえます。逆にアメリカでは、引っ越しが多く、人の移り変わりが激しい社会なんです。こういった環境の違いは、様々な文化的な違いを生み出します。

例えば、日本の高校は閉鎖的な環境なので、「あいつなんかしたらしいよ」といった悪評を嫌います。すなわち、「悪評を避けるような行動」が重要になってくるはずです。人間関係が固定されているからこそ、その環境内で悪評が立たないように生活しないといけない、悪評が立つと生活しづらくなってしまいますからね。

――確かに、他者からの評価は気になります。

うん。日本はそういう文化が根付いていますよね。一方で、アメリカは自由度・流動性が高い国なので、悪評が立ったら、すぐにどこかに行けるわけですよ。自分のことを知らない土地に行ける。そうなると、初対面でも自分が良い人だと他者に思ってもらえるような「良い評判」を得ることが重要になります。

――日本とアメリカでこんなにも違うんですね。

アメリカ人は自尊心が高そうに振る舞うところがあります。日本人は「俺すごいぞ!」ってあまり言わないですよね?なんでかというと、言う必要がないからです。言わなくても、勝手に友達は作れるから。

でも大学では、自分から友達になろうってアピールしないと友達はできないですよね。日本のような閉鎖的な社会では、自分をアピールして悪評に繋がるとまずいから、できるだけそれを避けようとします。日本と海外ではそういう違いがある。社会心理学には、そういう理論があります。

――高校生と大学生を流動性の違いで対比できるのですね。

そうです。日本人は高校の時からずっと閉鎖的な関係を築いているので、大学の中でも比較的閉鎖的な人間関係を作りがちではあると思います。そっちの方が慣れているからね。

「日本と海外の関係性の違い」

――海外の大学生との文化の違いはあるのでしょうか?

海外の大学と日本の大学では文化が全然違うと思います。僕はオーストラリアの大学で研究していたことがあるのですが、日本ほどゼミ生同士に密な関係がありませんでした。日本だと、ゼミが一緒だからとりあえず仲良くしないといけないっていう認識になりますよね?でも、オーストラリアでは、みんなそれぞれに人間関係があって、自分の気が合う人と付き合っている。ゼミだから一緒にいるとかそういうのはありません。

――オーストラリアのそういう、他者をあまり気にしない状況ってすごく生きやすそうです。

でも彼らもね、人からの目は気にしています。さっき言ったみたいに、自分がアピールしないといけないから、他の人に比べてどの部分で能力が高いのかはすごく気にしていると思います。日本人と「気にしかた」が違うだけです。

関西学院大学の魅力に迫る

――関西学院大学社会学部の良さは何ですか。

関学の社会学部の1番の特徴は、受験の段階で学科が分かれていないところです。社会学を学んでいない人に「社会学とは何か」を伝えることは非常に難しいです。高校で学ぶ社会科に当てはまらない一般的なところを掘り下げるのが社会学や心理学です。それを1年半かけて追求する中で自分に合った専攻分野を決められるのは良いことだなって思います。

――社会心理学にはいくつかのゼミがありますが、それらの違いは何ですか。

先生方にはそれぞれ得意分野があります。たとえばメディアや環境問題など。私は親密な対人関係を専門としているので、ゼミには親密な対人関係に興味がある子が多いです。自分の印象をどのように良く見せるのか、どのように見られているのかをテーマに挙げ、卒論を書くために実験している学生さんもいます。基本的に卒論のテーマは自由なので、他の専攻分野と同じテーマもあります。ただ、 “切り込み方が心理学”という感じです。

――心理学で行われる実験には数学的要素も含まれていますか?

心理学では、また社会学でも、科学的に数値データ(統計学)を使って分析することが1つのアイデンティティになっています。なので、実験を行うための調査票を1から自分たちで作成して、データを収集し、分析するという流れです。忙しいけれど、その分大学生っぽく勉強できますよ。

――文学部にも心理学はありますが、社会学部の心理学と何が違うのですか?

文学部の心理学はどちらかというと、個人や個体といった生物としての人間に注目します。だから、「心ってなに?」って言われたら、脳から考えようとします。文学部で学ぶ心理学は生物学に近いので、動物を実験の対象にします。一方、社会心理は社会学のルーツというものがあるので、人が創りあげた社会が人の心にどんな影響を与えているのかに注目します。なので、人間を対象に実験を行います。

――最後に社会学を通じて得られるものは何だとお考えでしょうか?

実は僕、社会学ってよく分からなくて。一応社会学部出身ではあるんだけど、社会学がわからないから心理学やっているみたいなところもありまして。高校生も同じで、社会学と聞いて何の役に立つのかピンときていない人が多いと思います。データサイエンスのより実学的な学問と比べて、人文系が何の役に立つのか。それは、多面的なものの見方がつくというのもあって、想像力が身につく。簡単に言えば、社会学を学んだ人は“やさしく”なれるのだと思います。

――やさしくなれるとは?

多くの人はマジョリティーの立場にいて、マジョリティーの足を引っ張る人を排除する風潮の社会のなかで、社会学部で学ぶとマイノリティーの存在に気づけます。さらに、その状況をどうにか良くできないか真面目に考えている人の存在にも気がつくことができると思うのです。だから、人に優しくなれるというよりは”みんなに”やさしくなれるのです。

――そのような社会学部の良さはどうすれば社会学の楽しさを知らない人にも伝わると思いますか?

やはり社会学部で学んで初めて実感できることはありまして。それは、もう見え方が変わってしまっているので、見え方が変わる前の高校生に社会学の良さを説明してもなかなか伝わらなくて。ここが歯がゆいところだとすごく思います。しかし、社会全体として、社会学部で身につく多面性も求められていて。実は企業もいろんな人を採用すれば、人材が豊かになれるという考え方を持っています。その考えをみんなが持つことができるのが重要で、それを伝えていけるっていうのが社会学部の大事なことだなと思います。

インタビューを終えての感想

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  • 高校生と大学生という身近な話題から日本と海外という広い範囲の話を伺うことができ、社会学の幅広さを改めて感じました。清水先生のお話に引き込まれ、楽しいインタビューでした!(髙井)
  • 高校の部活動での結束の強さと締め付け、大学のサークルでの自由度の高さについて、実体験とも比較しつつ、学ぶことができてとても勉強になりました。(棚多)
  • 私たち自身も学ぶ社会学について改めて考え直すきっかけになりました。知っているようで知らなかった社会の一面を見れたようでお話、とても面白かったです。(吉田)
  • 高校生と大学生の関係性の違いということで身近な事象についてお話していただき、とても勉強になりました。また、実際にインタビューをさせていただいて、清水先生は物腰が柔らかい方だった為、とても和やかな雰囲気で楽しい時間を過ごすことが出来ました。ありがとうございました。(片山)

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