フィールド社会学

フィールド社会学専攻分野

大岡栄美ゼミ

フィールドを深く調査することで、
実践的な提案に繋げられる

社会学部の特徴のひとつが、「フィールド」へと飛び出して、そこにいる人々との関わりの中で学びを深めたり、実践的な活動を行うことができること。フィールド社会学専攻分野にゼミを開講されている大岡栄美准教授は、ソーシャル・キャピタル論を専門とされ、ゼミでは地域課題の解決に取り組む活動をされています。実際にはうまくいかないこともあるというゼミの実践活動はどのようなものなのか。現在、メルボルンに留学中の先生に、オンライン・インタビューしました。
(鈴木・安西)

地域のネットワークの姿が
地域の健康寿命すら変えてしまう

――先生が社会学部で教えている科目について聞かせてください。「ソーシャル・ネットワーク論」は、一見するとSNSの話をするのかな、と思いますけど、違うんですか?

毎年、初回の講義でそういうコメントをもらって、「あ、シラバス読んでないな(笑)」って思うんですけど。ソーシャル・ネットワークというのは、SNSを含む人間関係、組織と人の関係、あるいは組織と組織の関係まで含む幅広い概念です。特に授業では、人と人との関わりに焦点を当てています。

たとえば、SNSという新しいICTサービスが若者の友人関係にどのような影響を与えるのかもテーマとして扱います。それ以外でも、子育て期の母親の育児満足度や育児不安なんかも扱います。母親や父親の周囲に、どういう人が配置されていると育児不安が解消されるのかなどです。あるいは高齢者が生き生きとした生活を送るためにはどういう親族関係や近隣関係、友人ネットワークが必要かといったことをテーマとして扱うのが、ソーシャル・ネットワーク論です。

――人間関係そのものを「ネットワーク」と見立てて研究する分野ということなんですね。確かに、誰かとつながるのはインターネットだけの話じゃないですよね。もうひとつの科目である「ソーシャル・キャピタル論」も、同じようなテーマを扱うんですか?

ソーシャル・ネットワーク論が、どちらかというと個人に対するネットワークのプラス・マイナスの影響を中心に教えているのに対して、ソーシャル・キャピタル論では、個人を超えた地域にとって、団体間や個人の間のネットワークが、地域の資源として、どのような効果をもたらすのかをテーマとして扱います。たとえばソーシャル・キャピタルの豊かさによって地域レベルで、地域経済の活性化、あるいは健康のレベルも変わってくるんです。

――ネットワークで地域の健康が変わるというと、たとえば地域の食材がよく食べられると健康になるといったことをイメージしますけど。

それもあるんですけど、もう少し広く考えてみましょう。「寿命」って数字で出ますよね。個人の寿命に影響を与えるのは、たとえば塩分の摂りすぎなどの食習慣。でも地域レベルで見ると、この地域は全国平均よりも寿命が長い・短いということが分かります。一人ひとりの食生活は違うのに、地域レベルで差が出るのはなぜか。そこで、健康を維持するため、地域にどのような取り組みがあるのかを見てみます。すると健康寿命の長い地域には、地域の人間関係が充実している、つながりが維持されている、ボランティア活動や社会活動に参加している人の割合が高いという傾向が見られるんです。

具体的には、隣近所の声がけが維持されているとか、西宮市の「いきいき体操」のような健康維持活動に取り組んでいるサークルが多い、またたくさんの人が参加していたりするんです。あるいは食生活についても、ある地域ではただポスターなどで啓発するのではなく、保健婦さんが戸別訪問して啓蒙する、ボランティアも巻き込んで健康的な食習慣を教え広めるなどの活動が活発に行われたりしています。そうした活動が、地域に孤立している人がいるといった情報を効率的に行政と共有することにつながります。ソーシャル・キャピタルとは信頼・お互い様の互酬性、ネットワークを指しますが、地域内あるいは地域外に連なる豊かで、重なり合うネットワークがあることで、地域課題の解決によりスピード感をもって取り組むことが可能になります。それらのことが結果的に健康寿命を長くしたり、元気な人の割合を高めたりするということなんです。

逆に、そうした活動がない、、参加している人が少ないと、ソーシャル・キャピタルが乏しいということになります。この違いによって課題の取り組みへのスピード感や課題認知に差が出てきます。日本や海外の事例を参照しながら、防災や減災、教育達成や児童虐待などの様々なテーマで、地域のつながりの効果や限界を検証するのがソーシャル・キャピタル論の授業です。

トロントへの留学で知った
多文化共生社会の実態

――ソーシャル・ネットワークやソーシャル・キャピタルを学ぼうと思ったきっかけは、どういうものだったんでしょう?

大学院時代に、カナダのトロント大学に留学したことがきっかけでした。当初、カナダは移民の多い多民族社会なので、その社会やコミュニティがどのようにして成立しているのか、文化や言語を共有しない人がどうコミュニティを形成しているのかに興味がありました。とりわけ多文化主義(マルチカルチュラリズム)の研究をしようと思って留学したんですね。修士の頃は政治学を専門にしていて、多文化主義政策が多文化共生社会にどのような影響を及ぼしたのかを研究しようとしていました。

博士課程から社会学を専門にするようになりました。新しく社会に入ってきた移民が、どのようにその社会に適合していくのか。たとえば経済的な成功を収める、家を探すといったことに対して、人間関係やネットワークがどのように影響を与えるのかという関心が芽生えて、そこで初めてソーシャル・キャピタルという概念と出会うことになったんです。

例えば、移住した社会で経済的な成功を収められた、その理由を辿れば、もともと学歴がよかったからとか、スキルを持っていたからという「個人ベースの属性」で説明することが多くなります。ところがネットワーク論だと、その人を取り巻くネットワークが成功に対してどのような影響を与えるのかを見ます。その人を取り巻くネットワークによって、その人の最終的なゴールが変わってしまうということにすごく面白さを感じました。また同時に、そのネットワークの集積としての地域の姿にも関心を持つようになりました。

大学に進学するからこそ学びたい
「弱い紐帯の強み」

――ソーシャル・ネットワークやソーシャル・キャピタルについて、大学で学ぶことには、どんな意義があると思いますか?

「弱い紐帯の強み」という、よく知られる考え方があります。「弱いのに強いの?」と不思議に思われるかもしれないですね。

たとえば大学に入ると、人間関係のあり方がガラッと変わります。高校生まではクラスなどの少数の人と深い付き合いをするといった環境だったものが、大学では自分で授業を組み立てて、同じ人と長い時間を過ごすよりも、色んな人と場面ごとに違う関係を過ごすという形に変わっていきますよね。

人によっては高校の時までの深い関係、狭くて深くてなんでも共有できるような関係性の方が、安心感があってよかったよな、大学では場面場面で使い分ける、浅い関係になってしまって孤独感を感じるということがあるかもしれません。その時に社会学的なソーシャル・ネットワーク論やソーシャル・キャピタル論を知ると、今の自分の人間関係を客観的に見られると思うんです。

そこで出てくるのが「弱い紐帯」という概念です。私たちは強い信頼関係を持つ関係が力を持つと思うし、それが弱まることに対しては危機感を覚えるけれど、社会学の研究の中では、強い関係にも弱い関係にも機能の違いがあって、それぞれにメリット・デメリットがあることが分かっています。

大学生の人間関係の例として、コロナ前にはよく「よっ友」といって、「よっ」と挨拶するだけの関係がやたらと増えると言われていました。しかしコロナ禍で大学に行くことがなくなって、その「よっ友」すらもいなくなってしまった。でも、よっ友なんて、弱い表面的な関係なんだから、深い関係の友達が少数いればそれでいい、と思ってしまいそうですよね。

でもよっ友のような「弱い関係」の強みとして、自分の知らないこと、関わりのない知識や情報にアクセスする入り口になりうるという点が指摘されています。強いつながりは同質的で、新たな情報は入ってきにくい。「よっ、久しぶり。最近どう。」というところから入る、生活圏や関心領域の異なるよっ友との会話だからこそ、思いもよらない興味や関心との出会いにつながるわけです。。高校からの親友がいるから、弱い関係の相手なんていなくても大丈夫というふうに考えがちなんだけど、弱いからこそ広げられる多様なネットワークが多様な情報、趣味や好みへの扉を開いてくれるということが、弱い紐帯のもつメリット。だから大学に入って、広く浅く、多様な人との関わりをもつことができることにも意味があります。

移民のコミュニティに関する研究でも、弱い紐帯と強い紐帯、それぞれの機能についての研究があります。たとえば失業してすぐにサポートがほしいというときには、同じ民族の「同胞コミュニティ」が役に立つことがあります。これは「強い紐帯」の力です。一方で、働いているところがどうにもブラックで、ここから抜け出したいと思ったときには、現在埋め込まれている関係から抜け出るのに「弱い紐帯」が役に立つという研究も出てきています。

弱い紐帯、強い紐帯それぞれの意味が明らかになりつつあることを踏まえても、大学生が、大学に入ってからの人間関係を構築するときに、自分を客観視して考えられるようになるということは、ソーシャル・ネットワーク論やソーシャル・キャピタル論について学ぶことの意義だと思います。

地域の課題を見つけ出し
実践的に働きかけるのが「フィールド」

――大岡先生のゼミはフィールド社会学専攻分野に所属していますが、先生のゼミにおける「フィールド」とは、どのようなものでしょう?

ゼミでは「ソーシャル・キャピタル論」をベースに、地域課題の解決をテーマとして取り組んでいます。具体的には、地域での課題、つまり地域の中にある人材や資源がうまく情報共有されていない、課題に対し共通認識を持てていないことに対して「つながり方のデザイン」を変えていくことで、地域の中にソーシャル・キャピタルを新たに生み出したり活性化させたりして、地域課題の解決につなげていくという活動です。

ゼミでは、それを実践的に、実際に地域の中に入り込んで、学生自身もアクション、働きかけをしながら、同時並行的に、「ing形」で学んでいきます。そうした活動を展開するための場を「フィールド」だと考えています。

ゼミでは数多くのフィールドで活動してきたんですけど、この5、6年は関学が立地している西宮市の、身近なところを出発点にしています。そこから日本全体に共通する社会課題は何なのかといったことを考えていきます。

そのひとつが「西宮市卸売市場」の活性化です。西宮市卸売市場は、JR西宮駅のすぐそばという非常に良い立地であるにも関わらず、外から見るとすごく入りにくい場所になっていました。再開発に向けたうごきがありましたが、市場中の事業者さんたちは立地は共有しているものの、再開発に向け、足並みがそろっていない状態でした。つまり、ソーシャル・キャピタルが毀損されて(傷ついて)、機能していないという状態になっていたんですね。

そんな中に学生が入っていって、それぞれの思いを聞くインタビューを行い、どういうゴールを目指すのか、都市社会における市場の役割とは、西宮に立地していることの価値はなにかといったことを、調査する非常に貴重な機会を得ました。学生が中に入り、第三者的な目線から調査していくことによって、事業者の間の対話を促し、信頼関係を築くお手伝いをしていきました。また、そこを拠点に西宮市役所や西宮の飲食店や菓子業界など他のフィールドの人とつながっていくというふうに展開してもいきました。

――すごく魅力的な取り組みですね。学生さんたちにとっても、すごくためになる経験だったんじゃないですか?

すごく面白くて、やりがいのある取り組みです。ところが、当初はなかなかうまくいかなかったんです。学生たちがインタビューした内容をもとに、その年の最終報告ということで、卸売市場の事業者さんへの提案を行おうとしたんですが、初年度は事業者さんがほとんど来ない。学生の思いと現場の思いがずれたまま終わるという、そのこと自体も学びではあるものの、フィールドの中で課題解決に向けどうアクションし、実践を行うのかは簡単なことではないという厳しい学びになりました。

――私は西宮の学校に通っていたのに、卸売市場があることを知らなかったんです。ゼミ紹介で卸売市場の存在を知って大岡ゼミを志望したので、いまのお話を聞いて、不安もあるけれど、より楽しみになりました。

社会学部はクリエイティブで、
デザイン思考の学部

厳しい現場だという風に聞こえたかもしれないけれど、調査に対しては、事業者さんはものすごく積極的に協力してくれたんです。ただ提案とその実践ということになると難しくて。それでも3年目、4年目には、おだし教室、クイズラリー、「朝マルシェ」など、卸売市場を地域資源として活用し、認知度を上げるための様々な企画を提案して、実際に市民の方々に来ていただくこともできました。

その経験から学んだのは、フィールドに存在する課題や資源について深く調査することで、はじめて、フィールドでのソーシャル・キャピタルを蓄積し、実践的な提案に繋げられるんだということです。学生の方は熱心だから最初から提案を考える方に夢中になってしまうんだけど、そんなに簡単に受け入れられるわけではありません。時間をかけてはじめて綿密な調査、深い理解ができます。提案が受け入れられるまでの時間も、フィールドでの信頼関係を築くためにかけなければいけないものだったんだと、そこで初めて気づきました。今は先輩がフィールドで築いた信頼を後輩のゼミ生が受け継ぐ形で、効率的に調査を進めることができています(笑)。

――実際にフィールドに入ったからこそ得られる学びがあるということを、すごく魅力的に感じました。最後に、高校生に向けて、大岡先生が考える社会学部の魅力を教えてください。

いくつかの高校に模擬授業に行ったことがあるんですが、生徒さんの反応を見ても「社会科」との違いがイメージできないようです。学校で習うような社会についての決まった知識があって、それを覚えるのが社会学や大学の勉強だと思っているようなんですね。

社会学の面白さって、大きな社会変動が起きて、誰も予想しなかったような状況に社会が変化するということがあったときにこそ輝くものだと思います。これからどうするのかを自分で考えないといけない、与えられた知識を覚えていれば乗り切れるのではない、自分がこの状況をどう理解して、捉えて、行動していくのか、答えのない問いの答えをに自分で見つけるために、自分で考える力を磨いていくのが社会学のいいところです。

関西学院大学の社会学部は、教員の数が多く「幅広く学べる」ことが魅力だと言われています。でも、本当の魅力は「広く学べる」ことではなくて、これからの社会はどうなるのか、どう生きていくのかを考えるときに、オーダーメイドで科目を選んで、自分自身が今の社会の問題だと思うことに対して答えを突き詰めることのできるところにあると思います。

働き方に課題がある、人間関係に問題がある。そういう「関心のタネ」を見つけたときに、ジェンダーの観点からはどうだろう、仕事の観点からはどうだろうと、自分の研究したいことを掘り下げるための「カスタムの組み合わせ」を自由に選ぶことができる。そういう点で、社会学部は、すごくクリエイティブで、デザイン思考の学部だと思います。

インタビューを終えて

今回、ゼミに所属させていただくということで手を挙げて取材させていただきました。私自身が、SSH(スーパーサイエンスハイスクール)の出身で、高校時代に行った研究の中からデータ分析の魅力に気づき、入学後も「データ社会学」を専攻するつもりでいました。しかし入学後に、色んな人と関わったり授業を取ったりする中で、フィールドに関心を持つようになり大岡ゼミに出会ったので、最後の「オーダーメイドで選べるところが社会学部の魅力」というお話には強く共感しました。


TOP
TOP