地域のネットワークの姿が
地域の健康寿命すら変えてしまう
――先生が社会学部で教えている科目について聞かせてください。「ソーシャル・ネットワーク論」は、一見するとSNSの話をするのかな、と思いますけど、違うんですか?
毎年、初回の講義でそういうコメントをもらって、「あ、シラバス読んでないな(笑)」って思うんですけど。ソーシャル・ネットワークというのは、SNSを含む人間関係、組織と人の関係、あるいは組織と組織の関係まで含む幅広い概念です。特に授業では、人と人との関わりに焦点を当てています。
たとえば、SNSという新しいICTサービスが若者の友人関係にどのような影響を与えるのかもテーマとして扱います。それ以外でも、子育て期の母親の育児満足度や育児不安なんかも扱います。母親や父親の周囲に、どういう人が配置されていると育児不安が解消されるのかなどです。あるいは高齢者が生き生きとした生活を送るためにはどういう親族関係や近隣関係、友人ネットワークが必要かといったことをテーマとして扱うのが、ソーシャル・ネットワーク論です。
――人間関係そのものを「ネットワーク」と見立てて研究する分野ということなんですね。確かに、誰かとつながるのはインターネットだけの話じゃないですよね。もうひとつの科目である「ソーシャル・キャピタル論」も、同じようなテーマを扱うんですか?
ソーシャル・ネットワーク論が、どちらかというと個人に対するネットワークのプラス・マイナスの影響を中心に教えているのに対して、ソーシャル・キャピタル論では、個人を超えた地域にとって、団体間や個人の間のネットワークが、地域の資源として、どのような効果をもたらすのかをテーマとして扱います。たとえばソーシャル・キャピタルの豊かさによって地域レベルで、地域経済の活性化、あるいは健康のレベルも変わってくるんです。
――ネットワークで地域の健康が変わるというと、たとえば地域の食材がよく食べられると健康になるといったことをイメージしますけど。
それもあるんですけど、もう少し広く考えてみましょう。「寿命」って数字で出ますよね。個人の寿命に影響を与えるのは、たとえば塩分の摂りすぎなどの食習慣。でも地域レベルで見ると、この地域は全国平均よりも寿命が長い・短いということが分かります。一人ひとりの食生活は違うのに、地域レベルで差が出るのはなぜか。そこで、健康を維持するため、地域にどのような取り組みがあるのかを見てみます。すると健康寿命の長い地域には、地域の人間関係が充実している、つながりが維持されている、ボランティア活動や社会活動に参加している人の割合が高いという傾向が見られるんです。
具体的には、隣近所の声がけが維持されているとか、西宮市の「いきいき体操」のような健康維持活動に取り組んでいるサークルが多い、またたくさんの人が参加していたりするんです。あるいは食生活についても、ある地域ではただポスターなどで啓発するのではなく、保健婦さんが戸別訪問して啓蒙する、ボランティアも巻き込んで健康的な食習慣を教え広めるなどの活動が活発に行われたりしています。そうした活動が、地域に孤立している人がいるといった情報を効率的に行政と共有することにつながります。ソーシャル・キャピタルとは信頼・お互い様の互酬性、ネットワークを指しますが、地域内あるいは地域外に連なる豊かで、重なり合うネットワークがあることで、地域課題の解決によりスピード感をもって取り組むことが可能になります。それらのことが結果的に健康寿命を長くしたり、元気な人の割合を高めたりするということなんです。
逆に、そうした活動がない、、参加している人が少ないと、ソーシャル・キャピタルが乏しいということになります。この違いによって課題の取り組みへのスピード感や課題認知に差が出てきます。日本や海外の事例を参照しながら、防災や減災、教育達成や児童虐待などの様々なテーマで、地域のつながりの効果や限界を検証するのがソーシャル・キャピタル論の授業です。