データ社会学

データ社会学専攻分野

長松奈美江教授

科学的でありながらも多様
それが社会学の魅力

社会学部の特徴のひとつが、社会調査に関する科目が充実していること。開講されている科目の数や専門性の深さは、他大学をはるかに凌ぎます。その中でも1年生の入門科目である「社会調査入門」を担当され、データ社会学専攻分野にゼミを開いておられる長松奈美江教授にインタビューしました。データ社会学って統計学や数学の知識が必要そうで難しいのでは、と思う方にも、「データで社会を知る魅力」について知ってもらえれば幸いです。
聞き手:鈴木謙介(社会学部准教授)

日本で長時間労働が起きる原因

――まず、先生のご専門から教えてください。どんなテーマや題材を対象に研究されているんですか?

キーワードで言うと、「労働市場における不平等の問題」をずっと研究しています。

賃金の格差は大きくなっているのか、非正規雇用はどのような産業で増えているのか、誰が長時間労働をしているのか、たとえば小売業や飲食業などで長時間労働が多いのはどうしてなのかということを研究しています。研究手法は、大規模な社会調査データを使った統計解析です。

――小売業や飲食業で非正規雇用や長時間労働が目立つという話がありました。長時間労働というのは業種に関係するんですか?

前に書いた論文になるんですけど、実は、非正規雇用が多い産業では正社員の労働時間が長くなるという傾向があるんです。

――そうなんですか。一般的な印象とは逆ですね。

みなさんが行く飲食店や小売店を想像してほしいんですけど、正社員が「店長だけ」で、しかもいくつかの店を兼務しているケースが多いんです。だから現場はパートやアルバイトなどの非正規雇用だけで回っていることも多い。非正規雇用は学生や主婦の人にとっては便利な働き方でもありますが、シフトが安定しなかったり、人不足に悩まされているような店舗もある。そういうところでは正社員に仕事が集中してしまい、長時間労働になっているんです。

――いわゆる「社員さん」「店長」だけがずっと働いているということですね。非正規雇用の割合は、サービス業に多いんですか。

産業によって非正規雇用の割合が違う、ということは世界で共通しています。日本以外の多くの国でも、小売業や飲食業で非正規雇用は多いですね。ただ海外と比較したときに、法律や労働組合のあり方が違うので、日本のほうが海外より苦しい面もあります。

まず、法律が弱い。たとえば労働時間だと、日本では週40時間、1日8時間という法定労働時間があって、それを越えて働いた分は割増賃金が支払われることになっているんですが、その割増率が低いので、長時間働かせても、経営者にとってはダメージが低いんです。最近の働き方改革で長労働時間への規制が強化されましたが、まだまだ規制が弱いです。「これ以上働かせてはダメですよ」という法律が弱いから、一人の人を長く働かせることを経営者に許すような法制度になっているんです。

また労働組合に関しては、日本の組合は基本的に企業別組合だから、企業の利益が優先されてしまうということがあります。他の国は産業別、あるいは職業別の労働組合が基本です。そうすると、長時間労働にしても産業の状況をきちんと把握して、全体の労働時間を短くしていきましょう、ワーク・ライフ・バランスを保ちましょうという社会的な規制が生まれます。でも、日本にはそれがなかったんですね。

コロナが以前からあった問題をあぶり出した

――なるほど。いまおっしゃった飲食、あるいは宿泊など、コロナ禍で仕事自体がなくなったというところもあります。その影響はどうでしょう?

特定の業種に注目した調査はしていないんですけど、他の多くの国と同じように、日本でもコロナによる休業措置に伴う休業手当を政府が補償するという形態をとりました。その結果、コロナで解雇される人は少なかったんですけど、そのぶんシフトが減らされたとか、そういう人が多かったですよね。

いま全世界的に問題になっているのは、コロナ禍のなかで仕事を離れた人たちが仕事に戻ってこないということ。人不足が深刻になっています。これからどうやって人を戻していくかを考えるときに、労働条件を向上させることが大事になります。特に労働条件が悪いとされてきた業種でどうやって賃金や労働時間等の労働条件を底上げしていくのか、それがこれからの課題だと思っています。

――日本だと個人に対する給付金が少なかったけど、海外だと給付金も豊富だったので仕事に帰ってこないというケースもあると聞きます。日本のように給付金が豊富なわけでもないのに人が帰ってこないのはどうしてでしょう?

若者が減ってきたということや、急速に進んだ高齢化が影響していそうです。私は最近、コロナ禍で生活に困って行政サービスを利用した人へのインタビュー調査を行っているんですけど、高齢者が多いんですよね。これから高齢者の雇用という問題が大きくなってくると思います。年金をかけてきたけど十分に貰えないとか、そもそも年金保険料を払ってこなかったという人もいる。そういう人たちは働き続けないといけないので、高齢者の非正規雇用率が上昇しているんですよね。若者の非正規雇用率は改善傾向にあるんですが、65歳以上の非正規雇用率が上がっていて、こういう人の問題が大きくなるのかなと。

――コロナ前のブラックな働き方では人が戻せない。高齢者も働き続けないといけない。そういう意味ではコロナの影響というよりは、以前から問題だったものが、いよいよ切羽詰まってきたということでしょうか。

コロナ禍のなかで色んなデータ分析や調査を行ってきたんですが、やはりそこだと思います。コロナが何かをがらっと変えたというよりは、いまある社会の問題をあぶり出したということです。コロナで困ったのは非正規やフリーランスの人たちだったし、高齢化の問題も避けて通れなくなった。

――なるほど。労働条件の底上げというお話がありましたが、経済学的には、人手不足になったら、人を雇うために条件のいい仕事が増えるから、問題は改善に向かいそうに思います。その点についてはいかがですか?

働く人の問題が多様化しているというのがあるんですよね。単純に統計のデータだけを見ていると、AI人材が足りないとか、情報技術に強い人がいない、じゃあリスキリング※1だなんて言われています。でも、新しいことを学べる人じたいが少ないですよね。

――いい年になって、いまさらリスキリングしようにも。

そうそう。若い人が減っているし、さらに若くて学べるという人も少なくなっています。それが社会の活力を失わせているんです。学びたい人がいることは大事なんですけど、ずっと職歴が不安定な状態で働いてきた人がいて、その人にいきなり情報技術といっても無理です。一方で高齢化も進んでいて、これまで自営業でずっとやってきたけど、その仕事がなくなってしまったので、じゃあ次は情報技術というのも無理でしょう。

だから統計データだけを見ていくと、この分野に人が足りないから動かしましょうという単純な話になるんだけど、実際には、その「人」がどのように生きてきて、どのような困難を抱えているかということを見なければいけないと思っています。

雇用の問題を研究していると、難しいなって思うことが多いんですよ。授業での学生さんからのリアクションでも「長時間労働の問題は法律を改正したら解決する」という答えがあります。経済学の視点なら、経済が成長すれば(GDPが増えれば)雇用の問題は解決するというかもしれません。でも、そんな単純な話じゃないんです。人を取り巻く環境は複雑化、多様化している。仕事がない、安定しないということだけでなく、家族にも支えてもらえないという人が多いんです。「やる気を出せ」と言われても、どうやってやる気を出していいかもわからない人がいる。問題の複雑さを考えると、いわゆる「社会問題」とされていることは簡単には解決しないです。このことを、私の授業では強調して伝えています。

※1:リスキリング…職業上のスキルを再開発・再教育すること。近年、DX(デジタルトランスフォーメーション)が進む中、それまでの仕事の仕方を見直し、デジタル化に対応した働き方ができるようになるためのリスキリングが注目されている。

統計データだけでは見えないもの

――経済学では「インセンティブ」といって給料が上がれば人はそっちに動くとか、そのためにスキルが必要ならリスキリングするだろうとか、人が勝手にやる気になることを想定しているんだけど、調査からは、そんなに単純に右から左に職を変えますとか、そんなふうにはならないということですね。

私は同じデータを社会学者と経済学者が分析するというプロジェクトに参加したことがあるんですが、私の印象では、経済学者は人間を狭く見るんですよね。どういうインセンティブを与えたら在宅勤務が進むか、とか。どういう刺激があったら転職するか、とか。人々の行動を「刺激」とその「結果」で理解しようとすれば、人間を狭く捉えないといけないんですよね。

社会学で色んなデータを用いて人間を見ていると、人間はとても複雑で、そんなに簡単には動かない、ということがわかります。コロナ禍で拡充された政府の現金給付制度として、住居確保給付金というものがあります。この給付金をもらうためには、ハローワークでの求職活動に励まないといけない。これは日本の事例ですが、ヨーロッパの国々でも、現金給付と引き換えに求職活動や何らかの活動に参加しなければならないという流れが加速しています。活動に参加しなければサンクション※2を与えるぞ、と。でも、例えば貧困状態で家がゴミ屋敷という人にサンクションを与えても、そもそもそのロジックは通用しない。

――もともと酷い環境で生きているから、罰を与えたところで。

そう。サンクションが効くのは、「強い人間」なんですよね。自分がこういう行動をしたらこうなるということが分かっている人間にしかサンクションは効かないんですよね。

――先ほど、インタビュー調査も行っているというお話がありました。長松先生はデータ社会学がご専門で統計分析を主にやってらっしゃると思っていたんですが、それだけではないんですね。

大学の学部から社会学の研究を始めて、最初に身につけた方法は統計分析なんですけど、最近はインタビュー調査もしています。自治体を対象にして、生活に困った人を支援する制度には何があるのか、どんな行政サービスがあって、それをどんな人が使っているのかということや、自治体によるサービスの充実度の違いなどを研究しています。

――雇用の問題と聞いて最初は経済学っぽいと思っていたんですが、行政サービスの研究も。それらをひとつの研究テーマで扱うのは社会学では自然のことなんですか。

実は、私のようなアプローチで研究している人はあまりいないんじゃないかと思ってます。

労働市場の研究は主に経済学で行われています。経済学でも社会学でも、統計データ分析はすごく進んでいます。私も、統計データ分析をして、日本における賃金格差や、非正規雇用の状況を全体として把握する、という研究をしています。でも、そんな研究だけだと希望がないなと感じました。というのも、データだけを見たら状況はどんどん酷くなっていくからです。

以前からその点は懸念していましたが、コロナ禍の調査でも、貧困状態に陥った、誰も助けてくれない、家族も頼れないという人がたくさんいることが再確認されたんです。それはコロナ以前から一貫して増えていったものなんですね。じゃあそういう人たちはどうしたらいいのかということを考えた末に、そういう人たちを支える仕組みが日本社会でどうなっているのかを調べ始めたというところです。

実は関学に来てもう14年目なんですけど、最初に赴任したときからその両輪で研究をしてきたんです。一方で大規模データの研究、もう一方で自治体の研究。最初は誘われて始めたんですけど、いまでは自分がリーダーになって研究をするようになっています。

※2:サンクション…賞罰のこと。とりわけ罰を与えることを「ネガティブ・サンクション」と呼ぶ。

調査のための多様な手法を学ぶ

――統計データだけでは人間の姿は見えてこないから、そこまで踏み込んで調査を行い、問題を解きほぐしていく必要があるということですね。でも学問としては設計をシンプルにしたほうが説明しやすいと思うんですけど、そこであえて考えるべきことを増やすのはどうしてですか。

うーん。単純に面白いからですね(笑)

データ分析の研究も質的な研究も、一人でやっているわけではないんですよね。誘われたり、チームを取り組んだりしています。データ分析の方は、たとえばデータ分析の技法を新しく勉強したり、社会調査の回収率を向上させるための技法をみんなで考えています。一方の質的研究の方は、自分の専門外のいろんなことに詳しい人と、たとえば行政学や経済学の研究者と一緒に調査をしています。そうやっていろいろコラボして、社会の見えなかったところが見えてくるのが面白いですね。

――テクニカルなことを考えるのも、社会学者が自分しかいない中で自分にしかできないことを考えるのも楽しい。やはりデータ社会学といっても、数字だけ見ていてもダメだということでしょうか。

でも、強調しておくと私はやっぱり数字を扱うのが得意なんですよ。だから自分のスキルをいまの自治体調査でも発揮できていると思います。コロナ禍でインタビュー調査を行ったんですけど、その際には、まずは質問紙調査をして、それからインタビュー調査への協力をお願いするという手法を採用しました。やっぱり数が大好きなので、まずは数量的に把握したいんですね。自治体の行政サービスの充実度を調べるときも、支援実績や、会議の数とか種類、参加者の多様さを把握する質問紙調査を行って、まずはそれぞれの自治体の特徴を探るんです。そういう発想は、困窮者支援に関する従来の調査研究ではあまりないんですよね。

――なるほど。数字だけを見るのとは逆に、生活困窮者の当事者の声だけを拾っても全体像は見えてこないということですか。

私の研究チームではこれまでもずっと強調してきたんですけど、「メゾ(中間)レベル」の研究をしたいんですよね。マクロというのは社会全体の傾向、ミクロというのは個人に焦点を合わせたものだけど、メゾは地域、たとえば阪神間くらいのサイズを指します。メゾレベルでみると、社会や地域の動きがよく見えるんです。そのなかで生きるミクロ、つまり個人の行動や意識を見ようと思っています。

――先生の研究のお話を聞いていると、社会調査の奥深さが見えてきました。関西学院大学社会学部では、こうした調査についての科目も充実していますが、その点についてはどうでしょう。

やはり社会学部のいいところは、社会調査をちゃんと学べることだと思います。やっぱり「人をちゃんと見られる」学問ですよね、社会学は。

私は「社会調査入門A」という科目の担当を長年やっているんですが、この科目がすごく大好きなんです。この科目では量的データも質的データも、インタビュー調査も参与観察も必要であるということを説明しています。社会学部ではいろんな方法を使うゼミが幅広く開講されているので、調査方法を学ぶことは2年生で専攻分野やゼミを選ぶ際にも役立ちます。社会学部で学ぶことで、「社会の中で生きる人間」を理解することができると思います。

――「社会の中で生きる人」を理解するってどういうことなんでしょう

私は高校生のときに社会学を学びたいということで大学を選んだんですよ。

最初は、人間を理解したいと思って心理学を専攻しようと考えていました。でもその時の私にとって心理学の視野は狭いなと感じました。人間の考えというのは、いろんなこと、たとえば周りの環境に影響を受けて構成されているんじゃないかという実感があって、人間を取り巻く状況を理解するために社会学って有効だなと思ったんです。

そして、やっぱりデータを扱うことですよね。文学であれば書かれたテクストが主な題材になると思うんですけど、社会学はテクストも扱えるけどインタビューデータも扱えるし、もちろん質問紙調査をして量的データも扱える。方法が多様なのがとてもいいですね。

――ひとつのやり方に縛られたくなかったと。

もちろん手順が決められたやり方は大事だし、それがないと科学にはならないんです。

科学的でありながらも多様だ、ということが魅力です。データと言っても、マンガや映像という数量以外のものもデータになります。私のゼミでは3年生のときに質問紙調査をして、分析をして、多変量解析を行うところまで指導します。量的データをきちんと扱えるようになると、社会調査の方法論が身につくんですね。つまり、仮説を立てて、調査して、得られたデータを使って科学的な方法で分析を行い、結論を出すという一連のメソッドですね。4年生になると、そのメソッドに基づいて、各自が自分の研究テーマに合った調査方法を選択して卒論を書きます。テーマによっては質的研究が適切なこともある。だから、実はインタビュー調査をして卒論を書く学生も結構多いんです。

――データ社会学だからといって数式がいっぱいということではなく、データを量的に扱い、自分の関心を明らかにしていくのが大事なんですね。

目的がないと勉強する気にならないじゃないですか。高校生の多くは、なんのためにこれを勉強するのだろうというところで数学につまづくんだと思うんです。

――「これを知りたい」と思ったときに数字が知りたいと思えば勉強する気になる。分かりたいもの、明らかにしたいものがモチベーションになるし、1年生から教えてもらえるのが社会学部の魅力ですよね。

私も自分の授業で、関学の社会学部はいいところだよって言ってるんですよ。社会調査やデータ分析についての授業がこんなにたくさんある学部はないです。入門の授業でも数学の話はほんのちょっとしか出てきません。まずいろんな手法の比較を行うんですね。量的調査と質的調査はどこが違うのか、全体的にどのような方法があるのかを紹介しています。

やっぱり、これからの時代は「専門」っていうのを持ったほうがいいと思います。社会学を学ぶと、社会調査の専門家になれます。これから生きていくことの強みになると思います。

――社会学部しかできないのは、選択の幅と専門家の多さですよね。最後に高校生にメッセージをお願いします。

私はいつも社会のダークサイドを見てしまうのですが、社会問題について真剣に考えたい人にはおすすめですね。未婚化でも過労死でもなんでもいいんですけど、「問題だ」と言われ続けているのに、今に至るまでなんで解決していないんだというものってたくさんあるじゃないですか。社会の問題って、表層的な理解では絶対に解決を導くことはできないと思うんです。

データを使うといっても、統計のような数量的なものだけでなく、インタビューやテクストもデータになるというお話が印象的でした。実際に長松先生ご自身が、自分のもっとも得意とする手法だけでなく、追求したいテーマに合わせて多様な手法を駆使しておられることも分かりましたし、そのように調査しなければ見えてこない日本社会の現実があることも思い知らされました。ぜひ受験生のみなさんにも、「多様な手法で社会を知る」ことの面白みと、それをどこよりも深く学ぶことのできる社会学部の魅力を知ってもらえればと思います。


TOP
TOP